第160回芥川賞を受賞した、町屋良平さんの1R1分34秒を読みました。
4回戦という駆け出しのボクサーである主人公が、悩み苦しみながら戦いに挑んでいく様子が描かれています。
じつに芥川賞受賞作らしい作品といっていいのではないでしょうか。
ボクシングの4回戦というのは、まだプロになったばかりのC級というライセンスしか持っていない状態。
4回戦で4勝をしないと6回戦(B級)へと上がることができません。
主人公は、デビュー戦でこそKO勝利をしたものの、その後は3敗1分。
決して才能豊かなプロボクサーではありません。
テレビやニュースで注目されるようなボクサーというのは、ほんの一握りの才能に恵まれたエリートボクサー。
プロボクサーの多くは主人公のような選手なのです。
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主人公であるぼくは、プロボクサーでありながらとにかく考えるタイプ。
試合前には、あまりに対戦相手のことを研究しすぎて、まるで親友のような気持ちになってしまいます。
親友は夢にまで登場しますが、戦うのではなく、一緒に遊びにいったり、いろんな会話をしたり。
そんなですから、対戦しては親友にボコボコにされてしまいます。
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そんな主人公が次戦に向けて、ウメキチという新たなトレーナーのもと(前のトレーナーには見捨てられた)日々トレーニングに励みます。
そのボクシングの描写が実にいきいきとしていて、読んでいて楽しいのです。
ジャブの二発目三発目の、引きがながれている。ぼくの頭を押し込むようなジャブが散見される。ああ、つかれてるんだ。ぼくもそれなりにつかれているけど、相手も同じだ。目をみた。(略)ウィービングしながら詰めて、離れ際にオーバーハンドの右フックを当てた。これは勘で当てる。(略)左ボディを打つ。外側からのフック。これでボクシングの軸がひらく。右もフックを相手のガードの外から打つ。
これは、試合前のスパーリングの描写。
リズムのよい淡々とした文章が緊張感を伝え、一瞬のあいだに駆け巡る思考と体の動きが、真に迫っています。
文学作品の醍醐味は、こういうところに一つあるんじゃないかと思います。
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トレーナーのウメキチは自身も6回戦のボクサー。
主人公は、そんなウメキチのことを当初は全く信頼していませんでした。
ところが、対戦相手を完璧にコピーして練習をつけてくれたり、主人公のクセをボクサーならではの視点で指摘したり、そういったトレーニングが徐々に主人公のツボにはまっていきます。
このように二人の信頼関係も少しずつ変化が生まれはじめ、練習の成果を発揮する試合が徐々に近づいてきて、物語もクライマックスを迎えます。
果たしてどういう形で試合をむかえるのか。
1R1分34秒に、いったいなにが起こるのか。
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考えすぎてしまう主人公が、ボクシングをやる意味を見失いそうになったり、自分の弱さと戦いながら向かえる試合のゆくえ。
ぜひ、多くの人に見届けて欲しいです。おすすめです。
町屋良平
1983年東京都生まれ。2016年『青が破れる』で第53回文藝賞を受賞。2019年『1R1分34秒』で第160回芥川賞受賞。
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