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木になった亜沙/今村夏子 今村ワールド全開の一冊

読書感想
木になった亜沙 感想

2019年に第161回芥川賞を受賞した今村夏子さんの最新作「木になった亜沙」をゲット。3編の中・短編からなる一冊となっていました。

愛聴している本と雑談ラジオの次回課題本でもあります。

あらすじ

木になった亜沙

子供のころから、亜紗が手渡す食べ物は、どういうわけか相手に一切うけいれられることがありません。

友達にあげようとしたヒマワリの種、男の子のために作った手作りクッキー。あげく水槽の金魚さえも亜紗のあげたエサだけは食べないのです。

大人も亜紗が作った食事には手を付けず、赤ん坊は亜紗のあげるミルクを飲まず、先生もチョコレートを受け取ってくれませんでした。

そんな亜紗は、あるとき友人たちと出かけたスノボでしくじり、スキー場の木にぶつかって死んでしまいます。

死ぬ間際、亜紗はこう願います。今度生まれ変わったら果物の木になりたい。そして、みんなに私の実を食べてもらいたい。

その願いは、半分だけかなえられます。

亜紗が生まれ変わったのは、実を付けない杉の木だったのです。

そして、伐採されて箸になってコンビニに納品され、お弁当とカップラーメンとともに買われていきます――。

的になった七未

七未(なみ)はとにかく「当たらない」子どもでした。

投げられたどんぐりも七未には当たらず、上級生の投げてくる水風船も当たらず、ドッジボールの最後の一人になっても当たりません。

早く当たって終わりにしたい――内心、七未はそう思っているのにどうしても当たらないのです。

唯一当たることを発見したのは、自分で自分にぶつけた消しゴム、シャープペン、ものさし…… 気づくと七未は、自身のこぶしで何度も顔をごつ、ごつ、ごつ、ごつと「当てる」ことを止められなくなり、病院へ入ることになってしまいます。

その後、好きな人ができていた間だけは「当たりたい」という衝動が鎮まっていましたが、やがて子供ができ、男に捨てられると、再びこぶしで自分の顔を「当てる」ように。

子育てもままならず、子供と引き離されてしまうことに。そこから七未は、転がり落ちるようにして路上生活にいきつきます。

子供と再び会えることだけを願いながら彷徨いつづける七未。果たしてその願いは叶うのでしょうか。

ある夜の思い出

学校を卒業して十五年間、畳の部屋で寝そべる生活をしていた「わたし」は、立って歩くことさえだんだんと億劫になり、家のなかでいつも腹這いで過ごしていました。

ある日、一緒に暮らす父の説教に耐えかねて思わず玄関から外に飛び出します。

しかし、久しぶりの街をひたすら腹這いでズリズリ進んでいると、わたしは道に迷ってしまいます。

お腹がすいて商店街のゴミを漁っているとき、自分と同じようにお腹を下にして、ズリズリと進む「彼」と出会います。まさに運命の出会いでした。

彼の家に案内されると、その日のうちにプロポーズされ「よろしくお願いします」とわたしもプロポーズを了承。

喧嘩をしてきたとはいえ、さすがに父に話をする必要があると考え、いったん帰ることにしますが、それが彼との最後の別れとなってしまうことに――

感想

あらすじに書いた通り、どの作品もちょっと普通と違う女の子が主人公。共通点としては、いわゆる学校生活、社会生活にうまく馴染むことができず、大きくレールから逸れてしまうところ(しかも、思わぬ方向に)。

ただ、そこを感傷的に描写するのではなく、割りばしに生まれ変わっても、腹這いで生活していても、なにかそれが特別変わったことではないかのように、淡々と話が進んでいくのが、今村作品っぽいところです。

もちろん、そうして奇妙に話が進んでいくのが読んでいてとても面白いのですが、どこか感情が欠落しているような暗さを湛えていているのも魅力で、その欠落ゆえか、物語の主人公たちは、将来に対して悲観するということをしません。矛盾するようですが、あっけらかんとした前向きさが妙な明るさを醸しだし、作品に深みを与えています。


この欠落は、必ずしも主人公たちに良い人生を与えてはくるとは限りません。しかし実のところ、主人公たちが欠落しているのではなくて、こちらが余計なものを身に纏いすぎているのではないかと、ふと思わせられる瞬間があるのです。

普通なるものに捕らわれながら生活している日々。じゃあそれがよい人生なのか。答えは分かりやすいところにはないのでしょうけれど、そんなことを見つめなおす契機になる一冊でした。


どの作品も今村ワールド全開の面白さでしたが、ちょっとだけ不満をいうとすれば「的になった七未」はやや長すぎた気もします。「木になった亜沙」「ある夜の思い出」にあるキレが欲しかったな、と。

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