中日ドラゴンズを率いた落合監督を、当時スポーツ新聞の記者として落合監督に接していた著者が改めて克明に描いたドキュメント。
2020年8月13日・20日号~2021年3月4日号の「週刊文春」での連載に、追加取材・原稿を加えて刊行。2021年9月に発売直後より話題となり、11月時点で10万部をこえるベストセラーとなっています。
あらすじ、内容について
Amazonのあらすじを引用。
なぜ 語らないのか。
なぜ 俯いて歩くのか。
なぜ いつも独りなのか。
そしてなぜ 嫌われるのか――。中日ドラゴンズで監督を務めた8年間、ペナントレースですべてAクラスに入り、日本シリーズには5度進出、2007年には日本一にも輝いた。それでもなぜ、落合博満はフロントや野球ファン、マスコミから厳しい目線を浴び続けたのか。秘密主義的な取材ルールを設け、マスコミには黙して語らず、そして日本シリーズで完全試合達成目前の投手を替える非情な采配……。そこに込められた深謀遠慮に影響を受け、真のプロフェッショナルへと変貌を遂げていった12人の男たちの証言から、異端の名将の実像に迫る。
嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか
「週刊文春」連載時より大反響の傑作ノンフィクション、遂に書籍化!
あらすじにもあるとおり、2004年から2011年までの8シーズン中日ドラゴンズの指揮を執った落合監督のドキュメント。
基本的には監督初年度からの時系列になっていていて、シーズンごとに注目選手を設定し、そのプレーや去就を追いかける形となっています。
面白いのが、著者の一人称にくわえ、各章で設定した主要人物の視点が加わること。彼らの視点を通して描写することで、落合監督の人となりを立体的に浮かび上がらせることに成功しています。
これに、若かりしころの著者の、記者として、人としての成長が垣間見えるエピソードが要所に加わり、様々な登場人物の心情が迫ってくる重層的なドキュメントとなっています。
大の中日ファン津田大介氏と著者・鈴木忠平氏の対談
11月29日配信の、JAM THE WORLD – UP CLOSE 「中日・落合博満 元監督時代から考察する日本球界の現実と課題」。著者のインタビューを聞くことができます。(5分過ぎくらいから)
誰が読んでも面白い本ではありますが、やはり野球に詳しいほうがいいだろうし、中日に思い入れがある人ほど感動できる一冊かと思います。
「嫌われた監督」の感想、所感 ※ネタバレあり
読み終えてまず思ったことは、意外と当時のプロ野球のことを覚えてるものだな、ということ。プロ野球そのものにそこまで思い入れがないので……
プロ野球が今より身近だった
落合さんが監督やっていて、オレ流と言う言葉が流行っていたことなんかはもちろん、いちばん有名なところでは、完全試合をしていた山井投手にかえて抑えのエースである岩瀬投手を送り出し、見事に勝ち切ったことなども記憶にありました。
野球ファンからすれば、当たり前かもしれませんが、こっちは基本的に野球に大した興味はなく、応援しているチームでもないわけですから、たぶんスポーツニュースかなにかで仕入れたのであろう、断片的なエピソードが記憶にあることさえちょっとした驚きだったのです。
落合監督が指揮を執っていたのは2004~2011年にかけて。
その頃でさえ、既にテレビから野球の存在感が薄れていたような気がします。
今となっては、テレビを見ている時間そのものが以前よりだいぶ少なくなっています。
野球に興味がないからこそ、徐々に薄くなる野球との接点に思いを馳せつつ、それでもまだ15年前くらいは今より野球の存在感があったのか、もしくはそんな人間にも話題を届けるほど影響力があったのが落合監督時代の中日ドラゴンズだったのでしょうか――
スポーツのドキュメントはズルい
スポーツってそれ単体でドラマチックなものだと思うのです。
不確かさによるゲーム性や戦いというエンタメ性があるから、それこそ小学生の試合だって意外なプレーや大逆転劇は起きるし、応援する人やチームがあれば熱くなる。
それに加えてプロの世界には大きなタイトルや、名誉、去就やお金などが絡むのですから、ドキュメントにまとめるにあたって、ドラマチックな素材には事欠きません。
料理でいえば、抜群のネタを扱う職人のようなものだと思うんです。
このドキュメントはその中でも別格の存在感を誇る落合監督をメイン食材に据えるわけですから、旨いに違いないのです。そしてもちろん、その絶品のフルコースを堪能したのですが、「そりゃ、うまいに決まってるだろう」という気持ちがないわけでもなく。
スポーツと監督
そもそも野球って、監督の影響力でかすぎるんじゃないかと前々から思ってまして。
選手起用、途中交代などの采配はもちろん、それこそ打者一人ごとに「待て」だ「バント」だ「走れ」だサインを出し、下手すると一球ごとに指示が出ることもあるそうです。
そういうもんだと言われれば別に文句はありませんが、一対一のスポーツ、例えばテニスなどでは試合中に外部からのアドバイスや指示を受けることが禁止されてますし、ラグビーも監督はスタンドにいて、基本的には選手自身で試合を運んでいくことが知られています。
監督の指示に従うのが当たり前、ということにひとかけらの疑問を持たない姿勢には、ちょっと首を傾げてしまう部分はあるのです。
だから、野球の監督がベンチで偉そうに指示を出していたり、サッカーの監督がタッチライン際で怒鳴り散らしているのを見ると、アナタ、何様ですの?と、ちょっと引いてしまうし、命令されて動くスポーツってなんだろうな、とさえ思ってしまうんです。
多少偏見含みかもしれないし、昔よりはマシになっているのかもしれませんが、そのような、監督をトップにしたヒエラルキーみたいなものが学生スポーツに代表される素人のチームでさえまん延していて、強いチームの監督は名将だとかいって持ち上げられるのって、なんかちょっと気持ち悪いなぁ、と。
技術を教えるのがうまい、選手を育てるノウハウがあるといった、純粋にコーチとして能力があるというならわかりますが、なんというか、監督が試合に介入し、監督がスゴいから勝てるってどうなんでしょう……
プレーするのは選手だ
それでもオレ流だのID野球だのと、監督の手腕がやたら取り上げられるが実情だし、監督の名前を冠した〇〇ジャパンとかもよく目にします。まあ、エンタメとしては成功しているのでしょう。
繰り返しますが、それが悪いというより、ちょっと疑問をもってもよくないですか? ということ。
特にプロの世界では監督自身にスター性や実力もあることも多いですし、注目されることは仕方ないのでしょうけれど、その点、じつは落合監督は「野球をするのは選手であり、選手の力を付けることが強いチーム作りに他ならない」というシンプルな考えに基づいて指揮をしていることがこの本にも書かれています。
別に落合監督と同じ考えだ、と言いたいのではなく、このスタイルが野球ファンにとっては異質と受け止められ、それこそ本書のタイトル通り嫌われることも多かったようですが、他のスポーツが好きな人間からすると、そんなにおかしなこと言ってないよね、という印象だということです……
そんな落合監督をメインに据えた本書。
8年間で選手主導の考えを植え付けて結果を残し続けたにもかかわらず、相変わらずオレの名前で興味を引こうとしやがって、などと落合さんなら嫌味のひとつも言いそうではありますが、まあこの本は野球の試合ではないですし、選手やスタッフの描写も豊富な、とても面白いドキュメントでることは間違いありません。
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