第163回芥川賞を受賞した「破局」を読んで遠野遥という作家さんが気になり、デビュー作である第56回文藝賞受賞作「改良」も読んでみました。
結論を先に言えば、内容はとても面白く、「破局」へとつながる遠野さんらしい文体もデビュー作から息づいており、独特な味わいをみせています。
あらすじ
河出書房新社のサイトや、単行本のカバーに書かれた紹介文。
メイクやコーディネイト、女性らしい仕草の研究……。
河出書房新社 改良より抜粋 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028460/
美しくなるために日々努力する大学生の私は、コールセンターのバイトで稼いだ金を、美容とデリヘルに費やしていた。
やがて私は他人に自分の女装した姿を見て欲しいと思うようになる。
美しさを他人に認められたい――唯一抱いたその望みが、性をめぐる理不尽な暴力とともに、絶望の頂へと私を導いてゆく。
主人公の私は、小学生のころに通っていたスイミングスクールの男友達バヤシコに、性的ないたずらをされてしまいます。
そのことが遠因となっているのかどうかは明らかにされていませんが、大学生になった私は、セクシュアリティとしては男性のまま、女装をして美しくなりたいとう願望に支配されていきます。
自身の美しい姿をだれかに見てもらいたいと思った私は、あるとき、それまでずっと指名していた馴染みのデリヘル嬢カオリと女装で対面します。
しかしカオリからは美しいという言葉はなく、それどころか、ただの変態として扱われてしまいひどく傷つく結果に。
憤慨した私は、今度は女友達のつくねに見てもらおうと考えます。
その道中、私は男に声を掛けられます。これが、噂に聞くナンパ?
やはり私はきれいだったのだ――そう私は喜んだのですが……
感想
「破局」と比べるとストーリー性のある構成で、どんどん読み進めることができる一冊でした。
マニュアル的な感情の発露という遠野さんらしさは相変わらずあるものの、根本に「美しくなりたい」という願望があることや、自身の性欲にも忠実であったり、破局の主人公よりは幾分か人間らしさのあるキャラクターとなっています。
幾分か、というのは、じゃあどうしてこの主人公が「美しくなりたい」のか、あるいは、なぜ女装という趣味に傾いていったのか、そのあたりの説明はあまりなく、心の見えなさという点では、やはり闇を感じざるをえないからです。
遠野 タイトルを決めるにあたっては、100か200くらい案を書き出して、その中からベストなものを選んだつもりです。
第56回文藝賞受賞記念対談 磯﨑憲一郎×遠野遥「圧力と戦う語り口」 https://www.bookbang.jp/review/article/594085
この本を読んで普通に受け止めれば、「改良」の意味は、より美しくなるためにメイクを練習したり、服やウィッグを揃えたりして美を追求していく行為そのものを指しているのでしょう。
でも、人が美しくなろうと努力する姿勢を「改良」と呼ぶのだとすれば、それはあまりに機械的で冷たく思えます。
ドブネズミみたいに美しくなりたい
リンダリンダ THE BLUE HEARTS
写真には写らない美しさがあるから
表面的な美しさにこだわり続ける「改良」を読んでいるあいだ、この曲がときおり頭に浮かびました。
結果的にドブネズミのようになってしまう私は、あきらかに改良失敗です。だから言わんこっちゃない、と一言いいたくもなります。
「写真に写る美しさ」を求め続ける私に、しかしだからと言ってリンダリンダを聞かせるのも、ちょっと違うような気はするのですが。
BUCK-TICKのボーカルと親子だった 2020.10.7追記
2020年10月7日、遠野遥とBUCK-TICK櫻井敦司が親子であるというニュースが駆け巡りました。
バンドブームの雰囲気を一応は知っているのですが、BUCK-TICKの見た目はそれまでのロックバンドのイメージを塗り替えるものでした。ビジュアル系の走りといっていいのかもしれません。
「改良」の感想にTHE BLUE HEARTSのリンダリンダを引用しましたが、なるほど、この「改良」はBUCK-TICK的です。
遠野さんの中に流れるものなのか、あるいはBUCK-TICK的な何かを念頭においていたのかは分かりませんが、いずれにせよこの「改良」は遠野さんの親子関係が投影された作品なのかもしれません。
破局との比較
せっかく遠野作品を続けて二作読んだので、両作品の共通点を挙げてみます。
・主人公が大学生
・感情の希薄さ
・語り口
・性行為描写の執拗さ
・暴力性
こういう時はこういう感情になるべきだ、といったマニュアル的な感情描写や語り口は、2作品の共通点というよりもはや遠野作品の特徴なのでしょう。
性描写が多いのも共通していますが、ただそれは欲望に従って淡々と処理していくといった感じで、そこに何かドロっとした人間くささだったり、変に屈折した感情などは描かれません。
たとえば「改良」で私がつくねの部屋に泊まるシーン。
つくねにアプローチするきっかけを掴みあぐねている私の描写は、表面的にはふたりの初々しい恋愛の一場面を描いているようでありながら、実のところ私を動かしているのは性欲と体裁ばかりで実に一方的な描写になっています。
そして「破局」の主人公が行った猛烈な後輩への指導にみる暴力性。
描写としてはものすごく暴力的というほどではなかったかもしれませんが、自覚なきハラスメントはサイコパス的で恐ろしいものでした。
「改良」では、被害者として、より直接的な暴力が描かれています。
破局の後輩指導シーン同様、読んでいて心地よい場面とは言い難いのですが、それでも破局に比べれれば設定的に必然性があります。
暴力シーンについて
イマドキの大学生の男が主人公なのですから、少しくらい性や暴力のシーンがあったところで不思議なことはなにもないと理解しているのですが、遠野さんが描く暴力的なシーンは、何故かいまひとつ好きになれません。
好みと言ってしまえばそれまでですが、嫌いというより「こんな場面なくても面白いのに」という感じです。「改良」では暴力描写がきつい分、また、それが無くてもストーリーが面白かった分、余計にそう感じてしまいました。
ややひねくれた見方をすれば、「読者のみなさん、こういうのお好きなんでしょう?」と、遠野さんが差し込んできたサービスショットみたいに思えてしまうのです。新人作家が世間に注目されるためには、このくらい過激な演出があったほうがいいでしょ、みたいな。もちろん勝手な推測ですが。
しかし、遠野さんの実力と名前は「改良」「破局」の2作品で十分に知れ渡ったわけですから、今後はぞんぶんに遠野さんの世界を表現していってほしいと思います。
これからの遠野さんにますます期待ですし、単純にもっとたくさんの作品を読みたいと思わせてくれる、そんな一冊でした。
コメント
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