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11/津原泰水 第2回Twitter文学賞受賞の至極の短編集

11/津原泰水 感想 読書感想
11/津原泰水 感想

本と雑談ラジオで紹介されていた津原泰水さんの11(イレブン)を読みました。

枡野さんと古泉さんも激賞の、至極の短編がタイトルの通り11篇おさめられた短編集となっております。

巻末には本人による自作解題も掲載。大森望さんによる解説も素晴らしいです。

五色の舟

表題作であり、短編集の冒頭を飾る、40ページ弱の短編。
あまりに味わい深く、美しい物語。
読みこぼしたところがもったいなく、読み終えたあと、すぐさま最初から読み直してしまいました。

登場するのは、体に障害をかかえた五人の仲間。
戦時では、そんな仲間が生き延びるには自らを見世物とするほかありません。
五人の運命を変えるのは「くだん」という半人半牛の化け物。

真理を千里眼のように見通し、人間を別の世界へと連れて行く能力をもつという「くだん」。
――大きな爆弾を落とされて、日本は戦争に負ける。
そう断言するくだんを信じる人と信じない人の間にはさまざまな軋轢、思惑が。

そして、くだんに【ふたりが長く生きられる世界】へ連れていかれるのは誰か。
爆弾が落ちなかった、もうひとつの戦後がどんな世界となったか、ぜひお楽しみください。

延長コード

娘の訃報をうけとった父親が、娘が生前世話になっていた男の家をたずね、生きていた頃のようすをあれやこれや聞く話。

この二人の、どこかしらギクシャクした会話から徐々に娘のことが浮かび上がってくる感じがなんとも言えず面白い。そしてまたこの娘がとびきりの嘘つきで、二人が話すうちにその嘘が次から次へと露になる過程が、お互い「それも嘘か」とため息をついたりしてとてもいい。

終盤の延長コードのくだりは少し脈絡がなく、スッキリとした終わり方ではない気がするけど、その分、不気味さが残るような感じになっています。

追ってくる少年

父と叔母が乗った車が轢いてしまった近所の少年と犬。
その事故で身内の二人は死んでしまうが、少年は生き残ったと聞いた。

何十年も前のできごと。なのに、ある時街でその時の少年に声をかけられ――私は逃げる。

どこまでが夢でどこまでが現実なのか一読では分かりにくい。時間軸も、過去から現在へいったりきたり。
たった6ページの短編ながら、脳を揺さぶられるような物語です。

微笑面・改

どうやら自分にしか見えない顔が空中に浮かんでいる。
昔、同棲をしていた女性の顔。
その顔が日に日に自分に近づいてくる。
同棲をしていたころ、酔って喧嘩をし、彼女の顔にひどい火傷を負わせてしまったことが原因だろうか、と主人公は考え、女に電話をし、邪険に扱われたりする。
そうしている間にも、浮かんだ顔は自分に近づき続ける……

どうしたらこんな発想できるのでしょう。不思議、且つ、不気味。

琥珀みがき

朝から晩まで琥珀をみがく仕事をしていたノリコ。
二十歳になる前、命じられた出張先の首都(東京のことだと思うけど、作品中ではこう表現されている)で、そのまま村には戻らないことを決意。

そこで男に騙されたりいろんな仕事をしたり病気になったりした後、ふらりと村に戻り、琥珀の公房を覗き見る。

たった5ページちょっとであることを感じさせない、ノリコの青春ストーリー。
騙された男に病院で再会するくだりは、ややありベタではあるけど、ほっこりします。

キリノ

高校のときに気になっていた女性、キリノのことを、話をあちらこちらに脱線させながら語っていくスタイルのモノローグ。

キリノみたいな雰囲気をまとったものをキリノ的と表現していて、最初はピン来ないんだけど、エピソードを重ねるうちに徐々にキリノ的なものの概念がかたどられていきます。

これは、有名なところでは、朝井リョウの「桐島、部活辞めるってよ」的手法。
キリスト=桐島なんていう説もネットでは見かけますが、案外この短いキリノからインスピレーションを得ていたりして。名前も似ているし。

なお、この短編は「桐野夏生スペシャル」というムック本のために書かれたということです。
桐野ではなくキリノとしたところが、不思議な感じがしてセンスがいい。

私の祖母はとある事故で亡くなっている。それを祖母の好奇心ゆえと思いこんでいる母に、私は小さい頃から好奇心にとても注意深く育てられる。

そんな私は、ある時、同級生から家出に誘われる。場所は家人が自殺をしたという山あいの空き家。断ることも考えたが、空き家への「好奇心」が勝り、家族の目を盗み、私は友人との待ち合わせに向かう。

その空き家で何が起こるのか。そして、空き家からの帰還……
どこかのんびりとした前半の雰囲気から、空き家へ向かうあたりから徐々に禍々しくなる文章の変化。そして、信じられないような終盤の展開。

思わず「えっ!?」と声をあげそうになる出来事にくわえて、それだけじゃ終わらないラスト。
読み直さずにはいられないのだけど、どこから読み直せばよいのか……

クラーケン

クラーケンとは、主人公の女が飼うグレートデンという犬種の犬につけた名前。
名前に頓着しない女は、これまで飼った四匹すべてにクラーケンという名前を使い、一代目から四代目という形で区別をしている。

女の、そもそも一代目を飼うことになったきっかけや、クラーケンの訓練士だった少女との奇妙な関係。

ストーリーというほどの展開はないけれど、一代目から四代目までの女と犬の生活の変遷や、意外な形で終える少女との関係などが、不思議なタッチで描かれていきます。

YYとその身幹

女友達とぼくは、予備校時代の同級生が集まる飲み会の席で一緒になる。
とにかく顔が美しい彼女とぼくは酔っ払い、飲み会の流れで、ついトイレでそういった行為に。

そんな彼女が、しばらくして、暴漢に襲われて殺されてしまう。

その後、彼女の旦那である予備校の講師から電話が掛かってきて、二人で話をすることに。
あの夜のことを講師は知っているのか。
緊張感に包まれた、どこかしらお互いに探り合うような会話。

後半に明かされる衝撃の真実に、なんとも言えない気持ちに……

テルミン嬢

精神的な病の治療のため、あたまに小さなタブレットを埋め込んでいる眞理子。

治療も問題なく、書店で働いていた眞理子だったが、客として来店した由利夫への接客時に異変をきたす。
それは「勝手に横隔膜が上下し声帯が伸縮し、顎やら舌が不規則に痙攣」するというもので、まわりの人にとっては、ただただ不快な金切り声をあげつづけるという症状。

身体的にお互いが近づくことで出現する症状であることがわかった二人は、それ故か、心は急速に接近し、結婚をすることに。

そんな二人の生活はもちろん普通どおりにはいかず、とある事情で離れ離れに。

眞理子と由利夫を巡るこの症状は研究の対象にもなるが、眞理子の症状は時とともに変化を見せ、この病気と研究に翻弄される人生となる。

SF的な素養があまりなくて読むのが少し大変でしたが、誰かの夢の話を聞いているような不思議さのある物語でした。

土の枕

子供が多い領民を不憫に思い、彼になりかわって戦地に赴いた地主の息子である主人公。
しかし、戦地から戻ってくると領民は去っており、親からは息子は死んだと役所に届出を出されていた。

戦争から戻れば元の身分になれると思っていたが、身一つで小作人として農業をすることに。
しかし、主人公は、あくまでも前を向いて生きていく。
農業にも熱心に取り組み、戦友の妹と結婚、子供も授かる。

そんな生活も、時代が昭和になると、再び戦争に翻弄される。
息子が戦地に招集され、落とされた爆弾によって家族はバラバラに……

ひょんなことから名と身分を変えて一生を送った主人公の、壮大なストーリー。
わずか15、6ページの短編を読んだとは思えないような世界観に圧倒されます。

最後に

今回、愛聴している本と雑談ラジオを聞いて津原泰水さんの小説を、初めて読みました。
実に多彩なテイスト、味わいのある短編が多く、津原さんの実力を思い知る一冊となりました。

本短編集は、第2回Twitter文学賞(2012年2月投票)で1位となっています。
ちょうど2019年上半期、「むらさきのスカートの女」で第161回芥川賞を受賞したばかりの今村夏子さんのデビュー作『こちらあみ子』を抑えての受賞。
当時より評価の高い作品だったようです。

一番印象に残っているのはやはり「五色の舟」。
この一遍を読むだけでもこの本を手に取る価値がある作品です。
こちらを原作として、漫画にもなっているそうなので近いうちに読んでみたいところです。

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